喫茶店文芸管理人

木乃セイ

かつて世界を滅ぼした魔法使いのごくありふれた日常

木乃セイ穏やかな朝だった。あまりに穏やかなので、まるで時が止まってしまったのかと思われるほどだった。男はゆっくりと目を覚まし、そして、まだそこに世界が続いていることを知った。柔らかい朝日がカーテン越しに部屋へ射し込んでいた。男は身支度をして...
小原友紀

華金飯

佐伯友子足掛け五カ月の業務、年度末の波濤を辛くも乗り切った。退勤前に、ほぼ手つかずの有給をみすみす捨てるのも癪で、繰越なしの期限切れ間際に、なけなしの一日を駆け込み取得した。職場を出るなり、携帯の音楽アプリで八〇年代シンセポップを鳴らす。骨...
モモ

彼岸花

モモいっそ毒々しいほどの鮮やかな赤に目を奪われ、つい足を止めてしまったらしい。先に行ってた友人がわざわざ戻って声を掛けてくる。「おい、春秋どうしたんだよ? お前に花を眺めるだなんてご趣味があったとは思わなかったなあ……」その言葉には揶揄の響...
kenken

宿無し

kenken第一章 土色の明日1承応二年(西暦一六五三年)の話である。二十二歳になる味噌職人の彦八は、走っていた。通り過ぎる風が、目に染みる。目に涙が浮かぶ。心ノ臓が早鐘を打った。森林に囲まれた、人一人が歩けるだけの細い道を、躍起になって走...
原田

短編集

原田母窓の外は雪混じりの雨足だった。少し遠くに聞こえる車の往来はまだ幼かった頃の我が家の前の道を彷彿とさせた。そこには大きな木が何本も生え、大きな窓のむこうにカーテンとなって存在していた。それはもうない。津波で塩害の犠牲となった木々の多くは...
福原大輝

詐欺師の彼女

福原大輝研究室で後輩の女の子が声をかけてきた。僕は目の前のディスプレイに集中し始めたときだったので少しイラついたけど、彼女のいる右側に顔を向けた。僕たち数十人の研究員はデスクを向かい合わせにくっつけて座っている。彼女は僕から一つ飛ばしの席に...
ナタリー爆川 満244歳

ひな祭りチャンネル

天野満「このままやったらワシらは終わりや! どないかせな!」左大臣が怒鳴った。顔に浮かび上がっている無数の血管が今にも破裂しそうだ。「ちょっと、左さん大声を出されるな。お内裏さまたちの御前ですぞ」と、右大臣が左大臣をなだめる。「よい。気にす...
福原大輝

思い出の地図

福原大輝思い出の場所なんだ、ってパパは言った。どうやらここは、パパがまだ小さかった時、ちょうど僕くらいの歳の時に過ごした場所らしい。パパの実家――僕のおじいちゃんとおばあちゃんの家からは車で一時間かけてやって来た。どんな場所なんだろう。胸を...
福原大輝

どこまでも高くなるビルと花の写真

福原大輝 私は部屋でパソコンに向かっていた。時折もじゃもじゃに伸びきった黒髪を掻いては、目の前に落ちてきた前髪を眼鏡の上に持ち上げた。室内は暑かった。激しくキーボードにキーを打ち込むが、汗が噴き出すだけで、それが何の意味もなさないように感じ...
平田ヘイデン

蟲中天

平田 ヘイデン 嫌いな上司を捕まえた。 夜の公園で、コンビニの袋をぶら下げたそいつと、帰宅中のわたしはばったり遭遇した。押し付けられた仕事をようやく終わらせて疲労困憊していた私は、買い物かごを持って行くのと同じ無感情さでそいつの袖を掴んで自...