狩人バチ

氷川省吾

 小学校5年生の夏。私は学校の校庭を黒い色のハチが何匹もうろついているのを見つけた。時折、バッタのような昆虫を抱えて飛んでいる。
 ファーブル昆虫記を読んでいた私は、そのハチが狩人バチの仲間だと気づいた。子育ての際に、芋虫やクモなどを狩って幼虫の餌にするハチの総称だ。親は毒針で獲物を麻痺させて巣に運び込み、その上に卵を産み付ける。孵化した幼虫は、麻痺させられたままの餌を、殺さないようにしながら少しずつ食べていって成長する。ずいぶん恐ろしい子育てをするが、成虫は花の蜜を食べるおとなしい性質だ。毒は虫を麻痺させるためのもので、刺されてもちょっと痛いだけで済む。
 その時に私が見つけたのはオオハヤバチという種類だった。キリギリスの仲間を狩って、穴を掘って作った巣に子供を産む。バッタと思ったのはキリギリスらしい。
 もうすぐ夏休みだったので、私はこれを自由研究のネタにすることに決めた。ファーブルはハチが餌を狩るところから研究を進めていたが、キリギリス(それもメスだけ)を探して、卵を産みたがっているメスのハチを探すのは難しい。そこで、すでに作られた巣を掘り返し、中の幼虫が成長する様子を観察することにした。
 ファーブルの研究によると、虫かごに土を敷いて中央をちょっとくぼませ、そこに卵付きキリギリスを置いておくだけでも、幼虫は問題なくふ化して成長してくれるらしい。あとは観察するだけでいい。

 そうと決まれば、私は早速行動することにした。のんびりしていると卵が孵って、幼虫が”食事”を始めてしまう。巣穴は校庭にいくつも作られている。入り口はふさがれているが、よく見れば見つけられる。
 先生に許可を取り、夏休みに入って校庭で遊ぶ子供がいなくなったその日から、スコップを持ってきて穴掘りを始めた。
 ただ、これがなかなかに大変な作業だった。ハチの体長は2㎝しかないが、巣穴は40㎝ほどの深さに掘られている。それも、校庭の固く締まった土の中に。
 直径1㎝ぐらいしかないトンネルを見失わないように、長い草を突っ込んで目印にしながら、大汗を流して穴を掘っていく。獲物が置かれている空間は10㎝ほどの部屋になっているが、これをつぶしてしまっては元も子もない。せっかく掘ったのに、穴が崩れて卵もキリギリスも埋まってしまったり、キリギリスをスコップでつぶしてしまったりしたこともあった。
 それでも私は2日間通って、良い状態の卵付きキリギリスを3つ確保した。十分な戦利品を得たころには夕方になっていたが、日が暮れる前にもう1つと思って穴を掘っていると、ほかの物よりもずいぶんと大きな部屋に行き当たった。

 中には奇妙なものがあった。何かの紙が一枚。その上にすでにふ化した幼虫が乗っている。
よく見ると、紙は写真だった。サイズは証明写真ぐらいのようだ。大きな写真を切り抜いたのか、本当に証明写真なのかは分からない。
 天井の一部に穴をあけただけなので、部屋の中の様子はよく見えなかった。ただ、部屋の中には他に何も入っていないようだった。中に食べ物がないにもかかわらず、幼虫はよく育っていた。まるで、その写真がキリギリスであるかのように、しっかりと食いついている。
 私がもう少しよく見ようと、天井にあけた穴に顔を近づけ、中をペンライトで照らした。すると、幼虫が頭を起こした。暗闇の中で過ごす幼虫が目など見えているわけがないのだが、無粋な覗きに文句をつけているかの如く、ずっとこちらに頭を向けている。ファーブルの研究によると、ハチの幼虫は一度獲物に口をつけたら、獲物の中身を吸い尽くすまで離すことはないらしい。一度でも口を離すと、次は正しい場所に口をつけられずに獲物を殺してしまい、腐敗した餌によって自分も死んでしまう。
 幼虫はまるでファーブルの研究など知ったことではないと言っているかの如く、平然と体を起こしている。それによって写真の半分が見えるようになった。人が一人写っている。女の人で、年は大学生ぐらいだろうか。
 しばしの間、幼虫は私の方を見続けていたが、やがて元通りに写真に食いついた。
 私は開けてしまった天井の穴をふさいで、掘った穴も埋め戻し、戦利品の卵付きキリギリスを手にして家に帰った。

 夏休みの間に私が回収した卵はみな孵化してキリギリスを食い尽くし、無事にハチとなって飛んで行った。残されたキリギリスは、中身が空っぽの抜け殻のような有様になって死んでいた。
 夏休みが終わりになるころ、近所で葬式があった。その家の娘さんが亡くなったらしい。葬式に出た母から聞いた話によれば、夏休みに入る前ぐらいにハチに刺されて倒れ、目を覚まさずにそのまま弱って息を引き取ったしまったのだそうだ。
 夏休み明けに提出した自由研究の内容の評価は上々で、県からの表彰を受けることが出来た。鼻高々だったが、同じ研究をしようと思う子が、これから出ないかどうかが気になった。
 やるにしても、校庭を掘るのはやめておいた方がいい。

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