天野戦慄堂

訪問

 その日は、ワシ、特にやることものうて、家でダラダラしとったんや。なんや最近肩重うて、外に遊び行ったろ、みたいな気ぃもせなんでな。それに晴れとったんやけど暑かったしなぁ。
 そしたら、インターフォン鳴りよったんや。ピーンポーン、いうて。
 ワシの住んどるアパート、カメラ付いとるさかいに、それ使うて玄関の様子見てみたんや。そしたら、なんや、モヤシみたいな背ぃの高いオッサン立っとったでな。あっついのにスーツ着て。何の用じゃワレ、言うて聞いてみたら、水道の点検来たんです、言いよんねん。
 せやけど、アパートの管理会社から連絡もなかったし、まして、我がぁでは呼んだらへんが。ちゅうことは多分、訪問販売やろな、思うたんじゃ。どうせ浄水器要りませんか、とか抜かしよんねやろ、アホンダラ、思うたんやけどな、おもろいこと思いついたんや。
 ワシ、見た目ごっつ怖いらしいねんわ。よぉツレやらに、からかわれねん。極道モンや思われることもあるんやで。せやさかいに、おっとろしい恰好して、顔しかめて出ていったら、オッサン、めちゃビビり散らかしよるん違うか、思うたんや。
 早速、ヒョウ柄のシャツ着て、金縁のネックレス付けて、玄関出ていってな、ほんで「おう、早ぉ入らんかい」ってオッサンにガンつけながら言うたんや。その時のおっさんの顔きたら、もう傑作やで。目ぇ伏せて、震えとんねん。顔も青ぉにしてなあ。
 それから、オッサンが水道の検査します、言うて、カバンの中からプラッチックのカップ出して、蛇口ひねって水入れよったんや。ほんで、今からこの薬を入れますんで見ててください、言うて、目薬のボトルみたいなんから、一滴、水ン中に垂らしよった。そしたら、水がピンク色に変わったんや。
 オッサンはこない言いよったんや。これね、水道水の塩素に反応しとるんですよ。塩素いうたら、身体に悪いでしょ。せやさかいに、浄水器つけたほうがよろしいで。今、うちの会社から安ぅで浄水器の販売してますんや、てな。
 ワシはそれをテキトーに聞いとったわな。なんや肩こるさかいに、腕ぐるぐる回したりとかして。やっぱり浄水器の販売のオッサンやったなあ、て改めて思うたんや。
 最後に脅かして帰らしたろ思うて、ワシ、台所の引き出しから包丁出して言うたったんです。
 何が水道の検査じゃアホンダラ、早う帰らんとどうなるかわかったんねやろな!
 そないしたら、オッサン、足が生まれたての小鹿みたくベラベラになって転びよったんや。堪忍してください、いうて、涙目になって。ほんで、挨拶もそこそこに逃げるみたいに帰って行きよったんや。
 それ見て、ワシ、笑いが止まりませんでしたのや。ああ、今、思い出しても傑作でしたわ!


 私、こないだまで営業の仕事してましたんや。家の水道につける浄水器を売っとったんです。
 ある日、あるアパートに営業行ったんですが、そこに住んどったんがね、けったいな恰好したオッサンやったんですわ。
 極道モンかな、怖いなあ、思うたんですが、よぉ見たら、ただ単にいかつい格好して、粋がっとるだけのカタギやてわかったんです。お客さんのなかには本職の人もいらっしゃいましたが、もっとオーラがありましたさかいに、相手が偽物やいうのはすぐにわかりました。実際、オッサンは包丁向けて脅してきよったんですが、演技バレバレでアホ丸出しでしたわ。それに私ね、昔は空手やっとったんですよ。段持ってますねんで。だからチンピラ風情が暴力ふるってきても返り討ちに出来るっちゅう自信もありましたんで怖ぁなかったんです。でもね、私にかて怖いもんもありますよ。 例えば、オッサンの肩におぶさっとった血みどろの女とかね。
 あないなもん、包丁よりなんぼも恐ろしわ。

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