なんでもヒットマン

「外国でマフィアを丸ごと始末する仕事を受けることになるとはね。千ドルでチンピラを消していたころと比べると、ずいぶんと遠くに来たな」
 まるで昔を懐かしんでいるかのように、彼は語る。たしかにどのような過去であっても、忘れたいような苦痛に満ちた物でなければ一抹のなつかしさがある。
「もう27年、28年ぐらいにもなるか」
「君には銃を融通してもらっていた。2年間ぐらいだったが」
 今から20数年前。私は父の仕事を継いで、国内外のマフィアや民兵組織に銃を売りさばいていた。
 正規軍に装甲車用の遠隔制御型武器プラットフォームを販売している現在に比べると、小規模で公権力に怯えるネズミのような商売だった。当時はそれが嫌で、何とかして商売の規模を大きくしようと知恵を絞っていた。
 彼と知り合ったのはちょうどそのころだった。当時の彼はまだ若造だったが、すでにいくつかの“仕事”をこなし、その腕前を高く評価したマフィアの親玉から継続して仕事を与えられていた。
 基本的なやり方は現在と変わっておらず、変装して標的に接近して仕事をやり遂げ、その後はいつの間にかいなくなるというスタイルをとっていた。違うのは、武器として拳銃を使っていた点だ。
 彼の主たる顧客は偶然にも私の顧客でもあり、それが元で私は彼に仕事で使う得物を供給するようになった。
 殺し屋には“いつも使う武器”などというものは存在しない。銃を撃てば、弾丸には銃身内部の溝によって線条痕と呼ばれる傷が残る。線条痕は銃によってそれぞれ違う――たとえ同じメーカーの同じ種類の銃であっても――ので、同じ銃を使えば弾丸からそれが分かってしまう。
 凶器が同じであれば警察は連続殺人とみなして追跡を強め、武器の入手ルートもたどられやすくなる。万が一捕まった時に手元にその銃があれば、今までやった仕事が芋づる式に判明してしまう。
 それゆえに、一回仕事に銃を使えば、それは即座に処分しなくてはいけなくなる。もちろん、何かの拍子に武器を現場に残したときの対策のため、入手経路が追跡できないように製造番号を酸で処理するか削り取るかして消した、中古であまり新しくない種類の銃であることが望ましい。そしてもちろん、ポンコツの安物ではなく、しっかりとした作りの正規品でなくてはいけない。
 そういうものを継続的に入手できる私の存在は、彼にとっては非常に便利だった。私としても、自分が供給した品で顧客の面倒ごとを解決する人物が活躍すれば、それだけ客が贔屓にしてくれるので都合が良かった。
 そうやって2年ばかり銃を供給していたが、ある時を境に彼は銃を使わなくなった。それと時を同じくして、ある男のうわさが流れた。ペンだけで3人を殺し、ベルトを使って銃を持った護衛の首をへし折った挙句、新聞紙で標的を殴り殺した奴がいると。言うまでもなく彼の仕業だった。
 拳銃という一般的な手口を使っていた若造と、その場にあるもので銃を持った敵さえ殺す凄腕を結び付ける人間は誰もいなかったが、日用品で命を絶たれる人間がちょくちょくと出てきたことで、“そういう手口”の使い手の話が裏側の世界に流れた。もっとも、凶器が毎回違う上に、目撃者は誰もおらず、時には自殺や事故と見分けがつかないこともあって、存在すら定かではなかったが。
 そうやってしばらくたったころ、商売の規模を大きくした私が、仕事上のトラブルからある人物を秘密裏に、私が関与していないと明らかな形で消さねばならなくなったとき、彼の存在を思い出してコンタクトを取った。優秀で目立たず、それでいて私とは直接の接点がない人物として。

「最初に依頼を受けたのは、5年ぐらい経ってからだったな。最後に銃を用意してもらってから」
「それぐらいだったか。無駄にがめつい奴が多くて困っていた」
 私が彼に依頼したのは、ある官僚の始末だった。中東からの放出品を売ろうとした際に、輸出先の国の官僚が自分も一枚かませるように要求してきた。こっちの利益が出ないぐらい値下げして全部寄越さないと、私が化学兵器を売っているとでたらめをばらまくとか脅してきたのだ。その官僚は、自宅の洗面所で溺死することになった。
「がめつい奴が多いおかげで、私は仕事に困らなかった」
 彼は再びブランデーグラスを手にして、ゆっくり香りをかいで残りを飲み干した。私のグラスの中身は全く減っていない。私が彼のグラスに追加を注ごうとしたが、彼は首を横に振った。
「気持ちはありがたいが、舌が贅沢を知ると困る」
「そうなれば買えばいい。金はあるんだろう?」
「確かに、君はたっぷり払ってくれた。そもそも、最初の仕事の際になぜ私を選んだ?」
「あの頃は、まだそういう仕事ができる人間の伝手がほとんどなかった。背に腹は代えられんが故だったんだ。結果的には正解だった。“ペンで3人殺した”奴が君だと知った時は驚いた」
 これは嘘だった。私はずっと知っていた。彼が1本のペンで瞬く間に相手を殺し、標的を始末するところを見ていた。連絡を取った時に背に腹を代えられなかったのは本当だが、周囲の物で殺しを行う人物が彼であることに見当がついていた。
 関わり合いになるのはリスクがあることは承知していたが、同時に腕の確かさも理解していたが故の選択だった。
「それまで銃を使っていた奴が、いきなり素手で仕事をするようになるとはだれも思わないだろうからな。最初にやった時は、本当に偶然だった。君に銃の調達を依頼した、最後の仕事の時だ。知っているかもしれんが、あれは東欧の奴らだったよ」
 私はそれも知っている。そして、本来ならば、彼はそこで死ぬか、二度と立ち上がることができないほど痛めつけられた挙句に、警察に突き出される予定だった。
 私はその手引きをしていた。

 その時の彼の標的は、東欧系の犯罪組織の連中だった。グダグダになりつつあるソ連から各種の兵器を盗み出して外に売ることが主な“仕事”で、販路を何としても拡張したい私にとって重要な取引相手だった。
 連中は彼の主な顧客であるマフィアの連中を始末して、牛耳っている港湾の設備を利用したいと考えていた。だが、まともにやり合えば外国人である自分たちの方が不利であることを自覚していた。そこでまずは向こうから手を出させ、被害者としてふるまうことでマフィア側の力を合法的に削ぐことを思いついた。
 やり方は単純だった。マフィアにちょっかいを出して、自分たちに殺し屋を差し向けたくなる状況を作る。それを返り討ちにして、情報を洗いざらい吐かせた挙句に警察を介入させる。監視の目が強まれば、衰退せざるを得ない。
 私の役割は、殺し屋が派遣されたことを知らせる内通者だった。
 彼から銃の注文があった時、私はそれを東欧の連中に伝えるとともに、銃に細工を施した。弾薬の雷管を叩いて火薬に火をつける棒状の部品――撃針――の先端部を、2mmほどヤスリで削り落としたのだ。わずか2mmだが、撃針が前進しても雷管に届かなくするには十分だ。銃を完璧に整備して、問題がない弾薬を使っても、絶対にその銃を撃つことはできない。銃の重さも引き金の引き具合も同じだが、撃つことだけが出来ないのだ。
 布にくるんで適当なブリーフケースに入れたそれを駅のロッカーにしまい、鍵を封筒に入れて指定されたところに置いておく。いつも通りの方法で私は銃を渡した。撃てない銃ではあるが。
 彼が鍵を回収したのを確認して、私は標的が殺し屋を待ち受けるために準備しているレストランへと行った。手筈では、私は監視カメラで“彼”が入ってくるかどうかを監視し、それらしい人物がいれば報告する。変装をしているはずなので、顔写真だけでは判別できないから、雰囲気を知る人間が必要だ。
 もう一つ、私が万が一にも裏切った場合は、即座に始末するという脅しの意味も込められていた。
 私から連絡を受ければ、護衛がボディチェックを行い、銃を“発見”する。反撃して来ても、撃つことが出来ない以上は大した脅威ではない。数人でかかれば容易く制圧できる。猿芝居による出来レースで、本来ならば彼の命運は尽きるはずだった。
 ところが、目算は大きく狂った。

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