制作・著作 MHK総合テレビ
文章 天野満
【第三百二十六回】 文学の暗殺者! ~小説家・天中頃ス 密着インタヴュー~
「ワシが退屈な文学を殺すんじゃあ!」
そんな、熱き思いを胸に、今日も文学の荒野をひた走る男がいる。
某県某所。
寒風の吹きすさむ街角に、佇む中年男性。
「今日はよろしくお願いいたします」
彼はぎこちない笑みを浮かべながら、我々取材班を迎えてくれた。
天中頃ス〈あまなかころす〉・三十五歳
職業:小説家・エッセイスト
三十歳のときに長編小説『ネクロマンサーの炒飯』で「マガジン雑誌新人文学賞」を受賞。三十三歳のときに発表した長編小説『グッバイ六角レンチ』で「ヘッドエイク頭痛文学賞」を受賞。その他、既刊に『生娘・イン・ザ・シティ』『あばら屋物語』など。
文学界の一線で活動を続けている実力派の作家である。
「昔はもっとあったんですけど、二十代後半になってから急に、ね」
天中氏がすっかり薄くなった前髪をいじくる。近々、AGA治療を受けに行く予定なのだそうだ。
本日より、一週間。取材班は天中氏に密着取材を行う。
我々は、天中氏の住居兼仕事場に向かった。何の変哲も無い六畳一間のこぢんまりとしたアパート。ここで幾つもの作品が生み出されてきた。
「あの机で、いつも書いてるんですわ」
天中氏が指さした先には、折り畳み式の小さなデスクと、パイプ椅子。
「大きい机もええですけど、引っ越しするときに大変でっしゃろ。せやさかいに、私は宅急便で送れるサイズのモノしか所持せんようにしてますねん」
――もしかして、ミニマリスト?
「その世界に片足突っ込んでますなあ。モノがなければ散らかりようもあらへんでしょ」
言われてみれば確かに、布団や炊飯器など、必要最低限のもの以外は置かれておらず、少しもの寂しい感じさえしてくる。
物欲の無さは、独特の作品世界を作りだす秘訣なのだろうか。
「ホンマはタワマンとか住んで、高級品とか飾りまくりたいですけどね。金あらへんからしゃーないですわ」
――物欲が無いわけでは無かった。やはり芸術家の頭の中は計り知れない。
――執筆するのはPCですか?
「最初はね、紙の原稿用紙に万年筆使って書いとったんです。でもね、手にインクつくし、書き直すの大変ですさかいに、今はPC使うてますわ」
――どのような工程を経て、作品の完成に至るのでしょうか?
「まずはアウトラインの作成ですねん。作品の全体像を見渡せるメモを作るんです。そうでないと、途中で何を書いているのか、わからんようになってしまいますねん。あと、文字数のアタリをつけたり、どれくらいの時間で執筆できるかの試算にもなりますねや」
今は次回作のアウトラインを作成しているらしい。モニターに表示されたテキストエディタには、いくつか見出しのようなものが並んでいた。
○寡黙な男が
○茶碗蒸しを食べ
○まろやかさが心の琴線、震わせて
○自分は愚民、と発狂
○大事な掛け軸を引き裂いた
――内容に全く想像がつかないのですが。
「ワシにも全くワケがわかりまへん」天中氏は笑いながら答えた。
「今はね、頭の中にある言葉を羅列して、想像を膨らませてますねや。なぜ、こないにワケのわからん言葉をわざわざ書くか、っちゅうとね、脳内にあるイメージを外部に出す必要があるからですねん。イメージは頭の外に出ると変質してしまうんですわ」
――イメージの変質?
「そう、変質しますねや。頭の中にあるイメージはね、頭の中では燦然と輝いていて、無限の広がりを見せてます。せやけどね、頭の中のイメージをそのまま他人の脳に伝えるっちゅうのは不可能です。だから、言葉や絵、音声やら映像やらで、イメージを伝達可能のものにして他人に伝えるわけでしょ。
しかし、伝達可能な形式に変換すれば、もともとのイメージが持っていた輝きや無限の広がりは損なわれてしまう。その輝きや広がりを失わないように、かつ、他人に伝えられるように変換するのが、芸術家っちゅうもんだとワシは思うてます。
でもね、退屈な文学っちゅうのは、この辺のことを全く考えてない。ただ文字が散らばってるだけですねや! そないなね、退屈な文学をワシが殺すんじゃ、と思うてます、鱒、鱒、鱒ぅ!」
それだけ言い残して、天中氏は机に突っ伏して急に眠ってしまった。取材班は彼の背中にやさしくブランケットを掛けて、起床を待った。
やがて、むにゃむにゃと、天中氏が眠りから覚め、執筆を再開した。
「もう限界。今日はここまで!」
執筆から八時間。天中氏はついに作業を中断した。
――執筆の進捗はいかがでしょうか?
「まあ、ぼちぼちっちゅうところですわ。締切は明後日ですけど、まあ、間に合うでしょ。一応最後まで書けたんで、明日からは推敲ですね。一応言うとくと、推敲っちゅうのは、文章とか内容を修正するもんって、思うてもらえたらええですわ」
――いつも、執筆の後は何をしてらっしゃるんですか?
「ゲームしたり映画見たりして遊んでます。まあ、そない大層なことはしてませんで」
――食事は自分で作るんですか?
「まあ、自分で作ったほうが安いし、量もいっぱい出来ますからね」
――よく作る料理は?
「え、何言うてはるんですか? ワシ、料理作らないですよ」
――先ほどは自炊をするとおっしゃってましたが。
「そんなん言うてませんねんけど。勝手なこと言わんでください」
――天野氏には気難しい一面がある。そういった部分も作品の魅力の秘訣なのだろうか。
翌日、取材班は再び天中氏に会いに行った。
「立ち話もなんですし、お茶でもどないですか? ワシ、ええ店知ってますさかい」
そう言いながら、全国チェーンのコーヒーショップに入っていく天中氏はどこか誇らしげだ。
――いつから小説を書きだしましたか?
「たしか、二十三歳の時と違うかなあ。そのころワシね、芸人やってたんですが、全然売れへんから、やめたんですわ。ほでから、金もありまへんでしたし、暇やし、でなんか面白いことあらへんかなあ、思うて始めたんが執筆ですわ」
――リアルですね(笑)
「何笑うてんねん。文句あんのかぁ」
笑ったスタッフが格闘技経験者であることを伝えると、天中氏は地面に突き刺さらんばかりの土下座を披露してくれた。変わり身の早さも良い作品づくりに欠かせないのだろう。
――最初はどんな作品を書かれていたのですか?
「短編小説で、コンビニのアルバイト君が店長を殺しにいく話です」
――反響はありましたか?
「めちゃめちゃスベりましてね。まあ、今から思えば当たり前のことやったんですが、何の反応も無かったのがショックで、三年くらい小説書かれへんかったんです」
――また執筆を始めたのは、どうしてですか?
「二十五歳のときに、地元をはなれましてね、友達がおらんで退屈しとったんです。ほで、友達作ろ、思うて、文芸サークル入りましてんわ。ほで、みんなが書いてるの見て、ワシもまた書きたい、と。だからそのサークルには感謝してますねや」
挑戦、そして挫折、人との出会い。事実は小説よりも奇なり。人間の人生とは、それそのものが文学であり、物語なのかもしれない。
午後七時、作業場に戻った天中氏は、先日執筆していたエッセイの推敲に取り掛かる。
原稿の締め切りは翌朝に迫っている。
PCの画面を見つめたまま、腕を組んで黙り込む。今、彼の頭の中では、言葉に輝きと光を取り戻すための壮絶な冒険が繰り広げられているのだ。
「ちょっと、スペース空けてください」
天野氏が作業場の床に、十円玉を大量にばらまいた。一体何が始まるというのか。
「ワンセッ、オー! しゅ、シュート!」
十円玉を使ったおはじきのようなゲームに一人興じる天中氏。
――推敲はしないんですか?
「これがね、ワシなりの推敲なんですわ。じっとしてても何もいいアイデアが、思いつかないんで。何かやっているときが一番閃くんですよ」
かれこれ、二時間が経過した。いつの間にか、天中氏が涙を流していた。
「全然なにも浮かばへんかった……。二十円くらい無くしたし」
しゃくりあげながらも、天中氏はPCの前に座る。どれだけアイデアが浮かばなくても、締切は待ってはくれない。
「書かなきゃ、書かなきゃ。退屈な文学はぁ、ワシが殺しゅんじゃあア」
そして、午前五時――。
「や、やっと出来ちゃぁ」
と、伸びをしたかと思えば、天中氏は床に倒れ込んだ。作品を生み出すために、全てのエネルギーを使い果たした証拠である。
完成した作品は『狂して走れ、街の角』と題されていた。
「あっ、失くした二十円、見っけ!」
天中氏と、退屈な文学との殺し合いはこれからも続いていく――。
「うーん、ボツ!」
プロデューサーの一声で、お蔵入りになる取材班の無念。(了)
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