チョコパイを作るために生まれてきた男

マサユキ・マサオ

男はチョコパイを作るために生まれてきた。
誰に教えてもらうでもなく、物心ついた頃からチョコパイを作っていた。どんなお菓子メーカーやパティシエの作るものよりも美味しくチョコパイを作ることができた。
誰もが男からチョコパイの作り方を聞きたがった。しかし男は決してそれを喋ろうとしなかった。
男はもっと沢山のチョコパイを作るために会社を立ち上げた。
しかし、お金や宣伝のことはすべて他の人に任せ、男は黙々と家でチョコパイを作り続けた。いつしか男には「チョコパイおじさん」というあだ名がついていた

ある日、男は恋に落ちた。
相手は、チョコパイのCMに出演した十歳以上年下の少女だった。男はそれまでチョコパイ以外に興味を持つことが無かった。それは男の初恋だった。
男は少女を喜ばせる為に、星型のチョコパイや、ほろ苦いチョコパイ、レモン味のチョコパイ、口に入れると甘く溶けてしまうチョコパイなんかを次々と作った。
少女は目を輝かせてそれをほおばった。男は彼女のそんな様子を見ているだけで幸せだった。
少女は毎日男の家を訪ねてはチョコパイを食べ、男はひたすらチョコパイについて語り聞かせた。

しかし、次第に少女はチョコパイを食べなくなっていった。
紅茶ばかりをすすり、窓の外を見て男の話にも上の空だった。
チョコパイを食べなくなった少女を見て男は不安になった。
男は今までチョコパイ以外のものを作ったことがなかった。
ましてや女の子の髪を優しく撫でることも甘い言葉をかけることも知らなかった。
男はチョコパイを作ることしかできなかったのだ。
そこで男は、今まで秘密にしてきたチョコパイのレシピや台所の様子を、洗いざらい見せることにした。きっと喜んでくれるだろうと思ったのだ。
しかし少女はうつむき、少しためらうようにこう言った。
「わたし、チョコパイよりハンバーグとかエビフライの方が好きだわ」
次の日から少女は男の家に来なくなった。

男はひどく悲しみ、ますます家にこもるようになった。
そして誰とも口をきかずチョコパイを作り続けた。
来るはずのない少女を待ち、新しいチョコパイを作る為に試行錯誤を続けた。そうする以外にどうすれば良いか分からなかったのだ。
今日も男の家のテーブルには、淹れ立ての紅茶とチョコパイが並んでいる。実は、僕たちが食べているチョコパイは男の失敗作ばかりで、本当に素晴らしいチョコパイは少女の為にとっておかれるらしい。
そんなチョコパイがあるとしたら、一度食べてみたいと思う。

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