ナタリー・ダイアリー vol.1

○LIVE

二○二二年七月二十三日は忘れがたい日になった。
私の所属しているバンド「world ethic」の復活ライブの日だったのである。そして、私が七年ぶりにライブハウスのステージに上がった日である。
七年前、バンドが解散した頃は「二度とバンドはやるまい」と思っていた。バンドを辞めたあと、新しい人間に生まれ変わろうとして、住む場所を変え、職業を変え、ひたすらにバンドをやることから距離を置き続けた。
でも、人間とはどこでどうなるかわからん、前言を撤回しまくって、もう一度ステージに上ることを決めた。バンドをやりたくて今度は住む場所を変え、職業を変えた。全くもって人生というやつは奇妙なものだ。
機材の準備を終えたら、楽屋で待機。その間に衣装を整える。見た目に無頓着な俺が唯一見た目を気にする瞬間かも知れない。ステージドリンクのペットボトルのラベルを剥がすのは7年前と変わらないライブ前のお約束。
出番が近づくにつれ、期待と不安、今までのことやこれからのこと、恐怖と熱狂、さまざまな思いが頭を駆け巡った。身体が冷えて震える。この緊張がステージに上がる理由なんだと思う。
出囃子が鳴って、いよいよ出番が来た。
ステージのそでで、メンバー同士、えいえいおー、なんつって勝ち鬨をあげてステージに上がる。この瞬間が好きだ。
暗い客席には人、人、人、人、人の海。見知った顔と知らない顔。好奇心に溢れた目、目。
「度肝抜いてやる」
勝負嫌いの俺が、唯一愛する勝負の瞬間、その始まり。
ステージの上に立ってデカい音を鳴らせば、宙に浮いているような気分になる。ドクターマーチンの底はたしかにフロアを踏み締めているのに、夢の中を歩いているような感覚だった。
研ぎ澄まされる感覚と鈍麻する感覚、矛盾した感覚を同時に、強烈に味わう。整っているけど散らかっているし、散らかっているけど整っている。LIVEとは良く言ったものだ。俺は今、猛烈に生きている。
最後の曲が終わったあと、快楽と疲労でその場でぶっ倒れそうになった。おかげでステージにドリンクを忘れた。あと、ピックホルダーも。
久しぶりによく眠れそうだな。楽屋で抜け殻みたくなりながら俺はそう思った。
あのステージの上で、俺はたしかにライブのことだけを考えていた。他のことを全て忘れて、没入する。そんな純粋な時間を七年間、心のどこかで欲しがっていたのだ。7年間求めていたものは最初の場所にあった。
なんたる皮肉、なんたる感動。この耳鳴りが生きてる実感、魂の証、ひたすら歩んできた道。
これからまた歩んで行く道。

(了)

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