運
夜20:35分。軽自動車を止め、地元のファミレスの扉を押す。同時に店内の音が少し聞こえてくる。中扉を押す。今度ははっきりとフジファブリックの「若者のすべて」が聞こえてきて少し気分が乗る。この店のセンスを僕は少し気に入っていた。
フロアを見渡し、2人を見つける。俊樹が手を上げていた。私は2人掛けの席のエリアをすり抜けながら窓際のボックス席へ向かった。テーブルの左手前にドリンクバーのコップがある。薫はトイレに立っているようだったが、すぐに戻ってきて「よ」と挨拶してくれたので私も「うぃ」と返す。
「近況報告は」俊樹が発破をかけた。
「何が」省吾はいつものオレンジジュースをストローで飲みながら、やめて周りを一通り見てから前に向き直った。
「わかるよ、仕事だろ。大丈夫。すぐ見つけるって」薫がファミレスの長椅子の背もたれに両腕を大きく広げながら左肩で汗を拭うような仕草をする。これはこいつの癖だ。
「お前、省吾の親父さんがせっかく当てがってくれた席蹴っといてよくそやさんな態度できんな」と俊樹がいう。
「まあまあ」と省吾がいう。
薫は何も言わずに天井の照明を眺めていた。
4人目の僕は4人掛けのテーブルの薫の左隣でケータイのメールの履歴を適当にスクロールしていた。登録しているサイトからのメールで埋め尽くされたボックス内を順に拒否にしたりしなかったりしてゆく。
「第一、薫が心配でみんなこうして集まってんのに、その態度は何だよ。まるで俺たちが説教でもしにきたみてーじゃねーか。甘えてんじゃねーぞ」と俊樹が言う。
すると踏ん反り返っていた薫が無精髭の塊のような顎髭を撫で始める。
こうなると話が変わってくる。ここのリーダーは誰なのだろうか。私は以前から気にはしていたのだが、最近実はわかってきたことがあった。薫が髭を撫ではじめたり、おどけた表情を突然やめたときなんかはみんな黙りこくってしまう。そう言う空気が流れるのだ。薫は場の空気を掻っ攫うのがうまい。それは言葉ではなく、威圧でもない。もしかすると肩幅の広さかもしれないし、目の下のクマがつよいからかも知れなかったが、答えはわからない。
省吾と私は顔を一瞬見合わせて、薫が次に何を言うのかを待った。
「子供ができた」
「は、」沈黙が長く感じたあとの私の口から出た音をきっかけに3人は顔を見合わせて口をあんぐりさせるばかりであった。
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