怪異は100話目の後に

長池誠

 日本の学校、特に小学校では「七不思議」という物があります。いわゆる学校の怪談で、学校ごとにあったりなかったり、バリエーションが違ったり、必ずしも7つじゃなかったりするんですけど。
 話は非常にたくさんあります。美術室や音楽室に飾ってある絵の人物が動く。廊下を足だけが歩く、上半身だけになった女が手で走ってくる。理科室の骨格標本や人体模型が動く。ピアノが勝手に曲を奏でる。校庭で自分の首でリフティングをする首なしの子供。特定の時間に鏡の前に立つと中に引き込まれる。とにかくいろいろです。
 僕が通っていた小学校にも、そういう怪談がありました。僕の地元は元々大きな城下町で、工事のために地面を掘ると昔の屋敷の跡やらなんやらがすぐに出てくる所なんです。
 そういう立地だから、小学校も元は武家屋敷があったところに建てられていました。大きな屋敷で、グラウンドまで含めて全部元は屋敷の敷地だったようです。
 当然、怪談にも侍やらなんやらの要素が入ってくるわけで、腰に刀を差した血まみれの男がグラウンドを徘徊するとか、かごに入っているバレーボールがみんな打首になった生首になっているとか。体育館の天井に引っかかったままになっているボールが、夜になると生首になるとか。夜の教室に行くと切腹する自分の姿が見えて、見るとはらわたが体の中でちょん切れて死ぬとか。
 階段の上から転がってくるボールを拾うと生首になっているというのもありましたね、それでいつの間にか目の前に立っていた侍に首を切られて、今度は自分の首が落ちて下の階段を転がっていくことになると。
 首や侍の話があるのは、やはり元が武家屋敷だったからなんでしょう。もっとも、武家屋敷と言っても江戸時代の太平の世のことだから、合戦も首級も関係ない家だったんですが。そこに住まなくなったのも、幕府がなくなって士族になったんで東京に移り住んだだけなんですけどね。子供はそんなものは分からないですから、そういう怪談に武士に関係する要素が入ってくるのも当たり前と言えば当たり前ですが。
 学校がそういう土地の上に立っていたんで、新しい施設を建てたり改修工事をしたりするたび、いろいろなものがちょくちょく出てきていました。瓦とか食器とか小物とか。学校の一角にはそういったものを集めたガラスケースが置かれていて、地域の歴史や写真を掲載したホログラフと一緒に小さな展示場になっていましたね。重要な物は市の博物館に寄贈されていたんで、学校に残っているのは本当に些細な物ばかりでしたが。
 その中で唯一それっぽい価値がありそうだったのは、一振りの刀でした。これはどうしたわけか寄贈されずに、ケースの中に保管されていました。特に由来とかも書いていなくて、拵もボロボロだったし、元々そんなに価値のある物じゃなかったみたいですね。隣に刀を納めていた箱も展示されていましたけれど、それにも何も書いてなかったと思います。
 刀っていうとやっぱり男の子は気になるものですからねえ。中にはガラスケースを開けてみて触ってみようかなんて企む子もいました。ばれて大目玉食らっている場面を見たことが何回かありますが。箱入りとは言っても放置されていた刀なんで、錆びて抜くこともできないんじゃないかと思いますけど。
ただ、一回だけガラスケースから出されたというか、出ている状態を見たことがあります。
 確か僕が4年生の時だったかな。放課後に用事があって階段を上っていると、上からバスケットボールが転がってきたんです。拾い上げようとしたんですが、さっき言った階段の話があったんで、怖くなって放っておきました。信じる信じないは別としても、やっぱりいやな感じがしますからね。
 誰かが怖がらせようといたずらしたのかなと思って、階段を上がっていくと、またボールが転がってきました。上の階から転がってきて、踊り場の壁で跳ね返って下の階へって具合に。上で誰かが遊んでいるのは確実ですね。
 今度も無視してそのまま踊り場を曲がって登っていくと、また転がってきました。上の階から。で、上を見たけど誰もいない。階段から離れたところから投げてきているのかと思って、残りを一気に駆け上がりました。でも、そこには誰もいませんでした。走って逃げていく足跡も聞こえない。隠れる場所もない。
 代わりに、さっき言ったあの刀が転がっていました。抜き身の状態で。抜かれている状態は見たことなかったんですが、隣に鞘が転がっていたので分かりました。刀身は錆に覆われていましたが、形は保っていたように思います。今になって思い返すと、それでも抜くのは難しい――少なくとも子供なら無理そうな――ぐらいでしたが。
 さすがに怖くなって、すぐに一階に取って返して職員室に向かいました。出しちゃいけない刀が出ていたし、大きな刃物がそのまま置かれているのは大変ですから。
 触ってみようと思わなかったのかって? あの時はそれどころじゃなかったですからね。生首になるボールとかの話を知っていたら、とてもそんな気になれませんし。
 先生方が知ると、悪質ないたずらじゃないかってことで結構な騒ぎになりましたが、ガラスケースの方に取り出された痕跡が無くて、犯人が誰かということは全く分からずじまいでした。防犯のためなのか薄気味悪く思われたのか、刀の方も博物館に寄贈されてしまったそうです。
 後になって気づいたのですが、一階に降りたときに上から転がってきたボールは見当たりませんでした。僕が降りる前に誰かが回収したのか、見逃しただけなのか。そもそもボールなんてなかったのか。

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