シアン・メイ
私が大学生だったころの話。その時はドイツに留学していて、地中探査の技術について勉強していたの。レーダーで地中を探査する技術。今は仕事で鉱物とか地下の構造とかを探査しているけど、その時は遺跡を探査するのが勉強だったわけ。
何十年も前から遺跡発掘にレーダーを使うのは当たり前で、遺跡を探したり事前に構造を把握しておいて発掘の時に壊してしまわないようにしたり、まあいろいろ便利なのね。ただ、考古学者ははレーダーの扱いとかデータの解析とかは専門外だから、私みたいな畑の人間が自分の勉強ついでに使い方をレクチャーするってわけ。
この時は鉄器時代にあった、ラ・テーヌ文化の遺跡の発掘を手伝っていたわ。丘の上に造った砦みたいな居住地で、オッピドゥムとかいう物だって教えてもらった。戦争があって負けたみたいで、武器とか人の骨とかがたくさん出てきたな。掘ったのはまだ一部だけで、全体像を把握することが私たちの役割だったの。
その発掘現場に行く前から、考古学者の間にめちゃくちゃいい男がいるって、少し噂になってた。それで実際に見てみると、その通りだったから驚いたわ。身長が190㎝ぐらいあって、肩幅も広くてスタイルが良くて。鼻が高い金髪のイケメン。シャワーもない発掘現場なのに、髪もしっかりなでつけて髭もきれいに剃って。シャツの襟なんかカミソリみたいに切れるんじゃないかってぐらいピシッとしてて。世界のいい男図鑑で、ドイツ代表にしてもいいぐらいだったわね。
その人は助教で、かなり優秀で知られている人だったらしいわ。こっちは考古学の世界は全然わからないんだけど、論文もたくさん出して評価が高かったそうね。
そんなのだからいつでも大人気で、学生もみんな――特に女の子――がいっつも引っ付いてそうなもんだけど、それが全然。性格に問題があるのかと思ったけど、話し方も発掘を指揮しているときの態度も、見た目を裏切らないさわやか男だった。
じゃあ何でかっていうと、この人はとんでもないアル中だったの。言動は完璧に普通の人で、むしろそこらの素面の男よりもよほどしっかりしていたんだけれど、水代わりにアルコールを飲むぐらいの人でね。お茶やコーヒーの代わりにストロングエールやシェリー酒を飲んで、食事のたびにウィスキーやらジンの500㎖瓶を空にするような類だったみたい。
私も一回、実際に見たことがあったわ。コーヒーを出されたら、懐からフラスクを出してシングルぐらいの量のブランデーを注いで飲んだの。実際に目にしちゃったら、もうそいつはヤバイ奴認定よね。そりゃ近づきたくないわ。
どう考えても頭が吹っ飛びそうなもんだけれど、そんな様子さえ見せなかった。教授はかなり渋い顔をしていたけれど、少なくとも仕事は完璧以上にこなしていて、部下にしておけば自分の評価も上がるから、やめるようにしつこく言うことはなかったみたい。
考古学の院生さんの話だと、自分をアルコール漬けにし始めたのは3年ぐらい前からだとか言っていたな。その人も詳しくは知らなかったらしいけれど、何かの発掘が終わった後、ちょっと精神的におかしくなって、それから酒を飲み始めたとか。普通ならここでダメ人間コースなんだけど、逆に前と同じぐらいか、もっときっちりした人になって現在に至る、だって。心配にはなるけど、うまくいっているから逆に止めるのが難しい状態ってところね。
ただ、その時の発掘作業中についに大学の方に知られて問題になっちゃって、教授にも止めさせるように指示が行ったの。それを聞いて、誰もが「ああ、これは大変だ」って思った。こりゃ、下手をしたら救急車が必要かもねって話も出たわ。
アル中ってヤク中と基本は同じなのよね。止めたらすぐに禁断症状が出て、それを抑えるために続けちゃう、やめられない。イケメンの助教授もそうなるかと思ったんだけど、はいそうですかって感じであっさり手放したみたい。
それで普通なら、数時間もしたら手が震えたり、自律神経がおかしくなったり、痙攣したり幻覚見たりするんだけど、それもなくて、普通に過ごしていた。
でもやっぱり影響があったのかな。次の日から、ちょっと具合が良くなさそうな雰囲気が出てきた。ぴちっとしていたシャツにしわが寄ってたり、髪が乱れていたり、無精ひげが伸びていたり。そういうところが目に付くようになってきていたな。でも、そっちの方が人として普通というか、考えてみればそれまでの方が異常だったからね。作り物めいた完璧さがちょっとずつはがれて行って、中の人間としての地が出てきたのかも。
仕事に関してはミスなんかは出てなくて、逆に発掘速度がやけに上がっていたみたい。何かに取りつかれたようにって言えばいいのかな。私がレーダーで遺跡の構造を確認したら、5分もたたないうちに掘り始めて遺物とか骨とかを見つけているの。
他の作業をしてないときは不眠不休で、とにかく発掘している。かなり異様な様子だったわね。アルコール切れを抑えるために必死になっているのかと思ったけれど、何か違う気がしたの。
酒断ちしてからは1回しか話さなかったけれど、やっぱり何か変だったわね。なんか、遺跡よりも墓とか人の遺体に注目、というか執着していたみたいだったなあ。酒断ちする前にそんなこと言ってたっけ?て思ったけど。
色々不安要素はあったけれど、発掘そのものは何とか進めていけてね。ただ、レーダーの出番はもうそろそろ終わりかなっていう時に、あのアル中助教授が事故にあったの。穴を深く掘りすぎて、崩れて生き埋めになったんだって。
あれだけ急いで一人で穴を掘りまくってたら、そうなってもおかしくなかったんだけど。ただ、その時はまんべんなく掘っていたわけじゃなくて、ピンポイントで深く掘っていたみたい。幸い、皆が気づくのが早くてすぐに助けられたから何とかなったんだけど、助教授は見つかった時には意識不明だったわ。
掘り出す時には専門分野がどうとか言っていられないから、私もバックホウで穴を掘ったんだけど、その時に一緒に骨がたくさん出てきたの。骨っていうか頭蓋骨。髑髏だけがたくさん。
その遺跡が戦争で負けた集落だって話はしたよね? 助教授が埋まってたのは、負けた側の人たち――発掘現場の居住地の人たちの首が切られて放り込まれた穴だったらしいわ。
ラ・テーヌの人たちは生首に力があると考えていたって学生さんが言ってたな。それから、縦穴を掘って、そこに生贄を捧げる文化もあったとか。助教授は捕虜の始末と生贄の両方に使った穴を見つけたのね。一緒に見つかった髑髏は、住民達のちょん切られた頭だったってこと。
結構な発見だったんだけど、少し妙だったのね。だって助教が掘ってたところは、一回もレーダーで探査してなかったから。推測して当たりをつけたのか、たまたまだったのかは知らないけど。本人は意識不明だし、私が帰るまで話すこともなかったから。
そういえば、学生さんが変なこと言ってたわね。あの助教がおかしくなって自分をアルコール漬けにし始めたのも、たくさんの人が死んだり殺されたりした遺跡を発掘した後だったって。
酒に逃げていたのか、それとも酔っぱらっていた方がまだ正気を保てるようなことだったのか、どっちだったのかしら?
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