氷川省吾
何年も前から熱帯魚の飼育を趣味にしており、いろいろな種類を買っている。水槽は複数あるが、一番大きなものには複数種類を混泳させえて、水族館の展示のような具合にしてある。
違う種類の魚を一緒の水槽に入れて買うのはなかなか難しい。気性が荒い種類ならほかの魚を攻撃するし、サイズが違う種類なら餌と思って食べてしまう。
混泳させられる種類の組み合わせは限られている。ちゃんと餌をやって数を調節していれば問題ない場合も多いが、何かの拍子で互いに食い合ったり、最悪の場合は共食いまでしたりする。こまめな手入れが欠かせない。
ちゃんと愛情をもって世話を欠かしたことはなかったのだが、ある日突然、車にはねられてしまった。後で聞いた話だと、私をはねた車はそのまま逃走し、私の方は頭を打っていたせいで2週間も意識がなかったらしい。何とか回復したが、全身打撲のせいで病院から出ることができず、1か月も入院する羽目になった。
入院中の熱帯魚の世話は、同僚に餌やりだけはしてもらっていたが、1か月ぶりに帰った時には多くが死んでしまっていた。水温やPHがわずかに変化しただけで死んでしまう種類も多いのだ。
いろいろな種類を入れていた大きな水槽もほとんど全滅で、残っていたのは1匹だけだった。私の意識がない間に、餌が不足して共食いをしたらしい。友人に頼んで餌をもらえるようになった後でも、大きな個体が他を食べてしまったようだ。
生き残った個体は、元々の種類とは思えないほど大きくなっていた。この水槽にいたほかの魚の血肉と生命力すべてを集めたかのようだった。
そいつは、私が戻ってきて水槽をきれいにした後も、せわしなく動き回っている。外に出たいと思っているかのように。もしも魚が閉じ込められて餌をもらえなかったことを恨むならば、生き残ったこいつには、水槽の魚全部の恨みが詰まっていることになるかもしれない。
その恨みが向かう先は、私か。それとも轢き逃げの犯人か。
私はネットで次の言葉を調べた。
「蟲毒の儀」
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