山中隆司
三月一日は僕の通う県立船出高校の卒業式だ。ついにこの日が来てしまったかと思う。できれば来てほしくなかった。これまで小中高とトコロテン式に進学してきた。ついに自由になる。自由になるの嬉しいが、今は自由になりたくなかった。ようは大学に合格できなかっただけだ。
受験したのは別に有名私立や国公立でもない。どこにでもある中堅私立大だ。勉強をサボったつもりはない。運悪く合格できなかった。浪人生になりたくないし、浪人しても大学に受かる気がしない。かといってフリーターになるつもりもない。
卒業式の後、自然と仲の良かった河北マサシと一緒になった。硬いつぼみの桜並木のを進む。
このままいけばあと五分程度で別れる。まだまだ話したりないと思っているとがたくさんある。ちょうど堤防に降りられる階段があったのでそこに並んで座る。「よお、お前はこれからどうするんだ。マサ。俺は浪人して遊明大学法学部を受験するよ」「そうなんだ。どうしても遊明大学法学部に行きたいだ昔から警察になって弱い人を守りたい言ってたもんな」
マサを見ると少しうかない顔をしていた。しまったと思った。彼とは長年の友人だが彼のことをあり知らない。知っているのは正義感が強く、真面目で、それでいて冗談をよく言ってみんなを笑せている奴だということくらいだ。確かに好きなゲームや好みについてはなんとなく分かるが、たマサのプライベートについてはあまり知らない。今、思い出してみると家で遊ぶときはいつも僕の家で遊んでいた。別にマサの家にいく用事がなかった。だからこれまで行ったことがなかった。そのことを気にしたことがなかった。
「いいよなマサはやりたいことが決まっていて。まだ、これから何を学びたいかやりたいかが決まってないんだ。でも、こうやって並んでいると高校を卒業したって実感がわかない。普通に明日も学校いけば自分の席があってクラスメイトのみんなも、先生が来て変わらずに授業を受けられ気がするよ」「そうだな。できれば、卒業したくなかったよ、合格の通知を受けるまではね」
ハハッと僕は笑うがちっとも楽しくない。
浪人生として一年間勉強漬けか。一年間勉強机に向かい続けるのイヤだなあ。遊んでいたいよ。でも、やるしかないよな自分の夢の実現のためな」バシンと頬を叩いて気合を入れている。マサの夢のために真っ直ぐになれるところが羨ましい。自分は捻くれていてすぐに目の前の不合格という事実から目を背けている。これから何をするかも決めていない。
僕からしてみたらどうしても遊明大学法学部に行くっていう思いがあるのはすごいよ。学びたいとないから一番の得意科目が日本史と国語が好きな科目だから国文学部日本文化学科を受験した。それでいて受験に失敗したときた。笑いものだよ」自嘲的にいって悲しくなる。「他にも浪人していている人もいるから。自分を卑下することはないよ」
「それって、国公立や難関私立の話だろ。僕みたいな地方中堅私立じゃないだろう。それに今更、人してまで大学に行こうなんて思わない。でも働きたくもないんだ。ダメだよな」
いきなりマサが立ち上がって階段を下っていく。「オレさ。今まで誰にも話してこなかったけど。親父を小学生の頃に亡くしてるんだ。気がついていたかもしれないけど、ウチに人を呼ばないようにしていたんだ」
マサのこの発言に驚かなかったわけではない。ただ、親友だと思っていたマサが何も言ってくれなかったことが悲しい。
「分かってたよ。マサ、お前が僕を家に呼ばないようにしていたことに気付いていないとでも思っていたのか」
マサは目を見開いて驚いたような顔をしている。僕のことを見くびらないでほしい。
バレてたかとテヘッと舌を出して笑っているので気持ち悪いといってパンチする。
「何すんだよ。リョー、痛えじゃねぇか」
大袈裟に言うが騙されてはいけない。これは演技だ。このような演技にずっと騙されてきた。彼に父がいないことを知ったのはホンの偶然だった。
「確か、殉職したんだっけ」と慎重に口を開く。
「話してないけど知ってたんだ」
「ああ、この町にずっと住んでるなら噂ぐらいは聞いてるよ」
「なら、警察になりたい理由は分かるだろう」
「多分、分かる。父の姿を探してるんだろ。お前が五歳のとき銀行で立て籠もり事件があって、一人の警察官が殉職した。だから、警察になって父の思いを知りたいそんなところだろう。だから有名大学法学部にこだわってるだろう。あそこは公務員試験に強いって聞くから」
「ああ、そうだ。お前はカウンセラーに向いてるよ。だって誰にも言っていないこと、隠していること
に気付いても聞いたりしないんだから」
立ち上がってそれぞれの家に向かって歩き始める。
(了)
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