山中隆司
ここには春になると桃がたわわに実る山があった。今では氷河があるだけだが奥には一本の桃の木の見ることしかできない。この物語はこの氷河が生まれるまでのお話である。
桃から生まれた桃太郎は鬼の乱暴に困っていた住民を助けるために勇敢にも立ち上がり、鬼ヶ島に向かい鬼を倒した。
人間から奪った食料品ですでに食べられてしまったものは取り返すことができなかったので、その代わりに鬼が隠し持っていた金銀財宝を持ち帰えることした。
その金銀財宝を船に詰め込んでいる際、桃太郎がたまたま黄金に輝く小槌を落としてしまう。それが横に座っていた犬にあたるとその姿はたちまち年若い長身の男に変わる。
「これは噂に聞いていたが、本当に打ち出の小槌が存在していたとはものがあったとは」と桃太郎は叫ぶ。
「こりゃ、すごい。世界が広く見えるし、今まで大きな石に見えていたものがまるで小石だ」と犬も驚きの様子だ。
その变化を見て、犬と同様に雉と猿は驚いた。人間になれるというので人間になった犬に小槌で叩いてもらい雉も猿もそれに続き、人間の姿になった。
「私も桃太郎さんに助けられて、この御恩は一生かかっても返せないと思いました。
あのとき、鬼の仕掛けた罠にかかって、今にも死ぬというところで助けてくださり、その上、きびだんごを恵んで頂いた。そして、一人ぼっちだったので仲間にもしていただきました。この御恩は鬼ヶ島を倒しただけではとうてい返しきれるものではありません。
これからもその御恩を返したいと思います」
犬と猿もこれに続いてお礼を述べた。桃太郎は共に戦ってくれたお礼を述べる。
帰り道は鬼から奪った金銀財宝があったのでゆっくりと帰ったが、桃太郎の里の里の近くまで戻ると人間になった犬、雉、猿が同時に口を開いた。
「私たちは人間なりました。これからは遠くで桃太郎さんのことを見守ろうと思います。もう会うことはないでしょうがこれからもよろしくお願いします」
そう言い残して人間になった犬、雉、猿は山の中に入っていった。
数年後、彼らはそれぞれ結婚相手を見つけて結婚し、子供を設けた。かつて犬であった者は犬養太郎と名乗り子供には犬養健児助と名付けた。かつて雉とであった者は留玉助と名乗り子供には留玉彦と名付けた。かつて猿であった者は楽々森猿太郎と名乗り子供には楽々森猿彦助と名付けた。彼らは時々連絡を取り合いながらも平和に暮らしていた。彼らの一族には一つの約束事があった。それは桃太郎の次なる誕生を見届けることである。桃太郎が生まれるとは鬼か復活するときだと考えたのである。その約束を忘れないため代々自身の名前を襲名していった。
その約束に従い毎年春になると桃の実を求めて多くの動物に混じって、その遠い子孫である犬養健児助、留玉彦、楽々森猿彦助も集まる。今では桃太郎が生まれたされる山は桃の木で埋め尽くされた山には甘く美味しい桃を求めて多くの動物が集まる。
「今年も桃は実らなかったね」と桃園の見回りを終え疲れ切った楽々森猿彦助が言う。
「今が平和な時代だから英雄を必要としていない。それは嬉しいことだよ。猿よ。お前も父さんから聞いているように刀を持って赤鬼の一族と戦う。俺は戦いたくないね。平和が一番」
演説するようにいう。時々、留玉彦は仰々しい態度はイヤになるが確かに平和が一番である。
「お前の意見には同意するが、私たちは春の間、ずっと里を離れて桃の木を見て英雄の誕生していないか確認しないと行けない。春の間、毎日毎日朝から晩まで桃が実っていないか見て回る。はっきり言って面倒くさいんだ」
「留玉彦。お前は身軽だからからすぐに桃の木を見て回れるだろうけど、私は走ってこの桃を見て回るのは、お前に分からんだろうが苦手なんだ。それに毎日の山登りは辛い」
楽々森猿彦助はパンパンになった足を見せつけてくる。今日は行きたくないと明らかに訴えている。
「わかったよ。今日はまだ来ていないが犬と二人で行ってくる。そういえばまだ来てないな。しっかり者のアイツが来ないなんて何かあったのかもしれない」
「先に山に入っているから、犬が来たらそう言ってくれ」
と言い残して山に入る。山の中は桃の芳醇な甘い香りで包まれている。あたりには小鳥が桃の実をつついていたり、横を流れる小川で猫が水を飲んでいる。このような動物たちをあえて追い払うことはしない。守るべきは桃太郎になる桃の実である。これは山頂にある桃の木にしか実らない。行きなれた山道を分け入っていく。すると大きな物体がころがっているのが見える。
ここに岩なんてあっただろうか。これまで数百回はこの道を通っているので間違えることはないはずだ。近づいていくとそれは犬養健児助であり、彼が肩から血を流して倒れていた。
慌てて駆け寄るとそれに気付いた犬養健児助は絞り出すよな声で
「鬼が現れた。やつは山頂に向かった。山頂にある桃を守ってくれ……」
そう言い残して彼は気絶した。
今日、何が山に入った気配は感じなかった。私たち三人こ目を盗んで山に入るなんて一体何者なんだろう。山頂まで登るとそこには髪が長く二本角の鬼が舐め回すように桃の実を触っている。
「それに触るな。さもないとお前を切るぞ」
と刀を突きつける。
「おお、これこれは留玉彦ではないか。さっき犬養健児助とかいう男のを倒したが、今ごろ来ても遅いよ。だって、もう私の欲しい物が手に入ってちゃまったんだからねえ。私が欲しかったのは桃太郎の桃じゃあない。桃太郎そのものさ。彼はねぇ私の子供なのさ。私が人間と結婚して生まれたのが桃太郎。でもね、当時の鬼の首長はそれが許せなくなくて生まれたばかりの我が子を桃に詰めこんでこのあたりの小川に流したのさ」
「嘘だ。確かに桃太郎は桃から生まれた。それは子供のいない夫婦の為に神が授けた贈り物ではないのか」
目の前にいる鬼は笑い、
「それはおめでたい考えだね。確かに老夫婦はそう受け取った。事実は私の息子なのさ。人間の子供が二、三年で一人前の大人になるわけないだろう」
そう言われると言い返すことはできない。
「図星だって顔してるねえ。いいこと。私はこれまで数百年待った。あのときは、鬼退治とかのたまって鬼ヶ島に来たときは驚いたけど、でもその時は私のことを親だと思っていなかっただろうよだから戦えた」
「それがなんだって言うんだ。確かにこの桃の実から生まれる桃太郎がお前の子供だとしよう。でも、お前には愛する資格があるっていうのか。犬養健児助手をかけた。それだけもお前に桃太郎を渡すことはできない」
「お前たちならそういうと思っていたよ。だからこうするのさ」
鬼の女は服の中から銀色に輝く扇を取り出した。一回仰ぐとあたりに北風が吹き、二回仰ぐと雪が降り始め、三回仰ぐとあたりは猛吹雪に包まれた。この吹雪は数百年間続いた。その結果、春になると桃の香りがする楽園は永久に溶けることない氷河の中に包まれた。
これは母親の愛かそれとも……。
了
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