ほろほろほろろ
皆さん初めまして! わたしの名前は赤星アカリ。元気印な女の子!
今日はね、なんと中学校の入学式なの! わたし、今日からピカピカ中学一年生になるんだ! 新しい通学路。新しい校舎。新しい環境。たくさんの『初めて』が満ち溢れていて、胸がドキドキワクワクで一杯だよ。でもね、ちょっとだけ不安かも。友達ちゃんとできるかな?
ううん、弱気になっちゃだめ! 元気がわたしの唯一の取り柄なんだから。沢山話しかけて、たっくさん笑顔になれば、友達百人なんてあっという間だよね!
早速制服に着替えちゃおう。服装が変わっただけなのに、なんだか急にお姉さんになったみたい! それにこの制服、とってもカワイイ! 胸元のリボンもチェックのスカートも、とってもオシャレで良いカンジ。よーし、気分が上がってきたよ!
弾むような足取りで玄関へ。扉を押し開けながら、笑顔いっぱいで振り向いて、
「おかーさん! 行ってきまーす!」
すると、奥からお母さんがひょっこり顔を出してきた。なんだかちょっと不安そうな表情。どうしたのかな?
「アカリ、一人で大丈夫? 折角だからシヨリくんと一緒に行ったら? お母さん、まだ支度できてないから一緒に行けないの」
シヨリくんはわたしの幼馴染。ぶっきらぼうでちょっとガサツだけど、カッコイイところもあるの。
お母さんが急にシヨリくんの名前を出すんだもん、ちょっとビックリしちゃった。実はわたし、シヨリくんのことちょっぴり意識しちゃってる。だから本当はシヨリくんと一緒に登校したいけど、実はわたし、人には言えないヒミツがあって。だから今はちょっとだけ強がるの。
「大丈夫だよ。一人でちゃんと登校できるもん。わたし、もうお姉さんなんだから」
自信満々に胸元をたたいてみせると、お母さんは仕方なさそうに笑ってる。むぅ、全然信じてくれてない。
「もう、中学生になった途端に大人ぶっちゃって。まぁいいわ。それじゃ、気を付けて行ってらっしゃい」
「はーい」
さあ、気を取り直してしゅっぱーつ!
扉を開けば眩しい朝日。今日はなんだか良いことありそう!
***
中学生になって初めての登校。道が変われば当然景色も違くて、とっても新鮮な気分。今日から毎日、この景色を見て歩くんだなぁ。友達と一緒に登下校したり、時には寄り道しちゃったりして。うんうん、青春って感じ。想像しただけでドキドキワクワクが弾けちゃいそう。
緩んだ頬をムニムニしながら、学校までの手書きの地図を確認してみる。普段は方向音痴なわたしだけど、今日は心配いらないよ。こうして地図も持ってるし、昨日は三時間も掛けて登校の予行練習をしたんだから。えぇと、次の信号を左、その次を左、その次は……。
………………。
…………。
……。
……ま、
「迷ったぁ~!!」
ちゃんと地図見てたのに、ちゃんと練習もしたのに、見覚えのない景色しか見えてこない!
なんでなんで!? どうしてこうなっちゃったの!? 地図を書き間違えちゃったのかな。どうしよどうしよ! このままだと入学式に遅刻しちゃう! こんなことになるなら、無駄な意地張らずにシヨリくんと来ればよかった!
どうしようどうしよう! このままだとわたし、わたしぃ……。
「あ! アカリ、こんなとこにいた」
「ふぇ?」
その声に振り返ると、シヨリくんが息を切らして駆けてきた! それまで泣くのをガマンしてたのに、思わず目から涙が溢れ出しちゃった。
「シヨリくん! わたし、道に迷っちゃってぇ。知らないとこばっかで怖かったよぉ」
「はぁ、やっぱりな。お前の方向音痴は中学生になっても健在だな」
「もう! からかわないでよ! こっちは本気で怖かったんだから!」
「はは、悪い悪い。でも、見つかって良かった。おばさんに頼まれて探してたんだ。『あの子のことだから、どうせ迷子になって泣いてる。探してあげて』って」
「もう! お母さんったらヒドい。」
「そう怒るなよ。実際迷子になってたんだから」
シヨリくんの言う通り、迷子になってたから言い返せない。悔しくて唇を噛むと、シヨリくんは優しく微笑んでくれた。
「さ、アカリも見つけたことだし、学校に急ごう。早くしないと遅刻だ」
そして彼は左手を伸ばす。キョトンとするわたしに、シヨリくんはこう言った。
「ほら、手。繋がないとまた迷子になるだろ?」
「あ、え、でも――」
「いいから」
シヨリくんはぱっとわたしの手を取った。わたしより少し大きくて、頼もしい手。シヨリくんと手、繋いちゃってるよぉ。
前髪越しに見上げると、シヨリくんとパッチリ目が合った。どうしよう、逸らしたくても逸らせない。シヨリくんの瞳に吸い込まれそう。
「ん、どした? お前は元気が取り柄のはずだろ? 急にしおらしくなっちゃって」
「う、ううん。何でもない」
そう、何でもない、はずなのに。どうして胸の鼓動が止まらないの? シヨリくんの大きな手。その感触を実感する度に心臓が高鳴って、顔がどんどん熱くなる。どくどく、どくどく。激しく駆け巡る血の流れに目が回っちゃいそう。
「お、おい、アカリ。本当にどうした? 顔赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」
シヨリくんの右手がわたしのおでこに触れようとする。あぁ、だめ! そんなことされたらわたし!
「ダメ! これ以上ドキドキしちゃったらわたし! とにかく離れて!」
「何言ってんだよ。もしも熱があったら大変だろ。いいから、ほら」
「きゃぁ!」
離れようとしても繋いだ手が離れない。そのままわたしはシヨリくんへと引き寄せられ、おでこ同士がくっついた。
おでこ to おでこ。わたしの熱が、鼓動が、心が、シヨリくんに伝わる。すぐ目の前にシヨリくんの顔があって、吐息すら肌で感じられる距離にわたしたちはいる。
意識せずにはいられない。わたしの鼓動はみるみる早くなる。
「アカリ、お前すごい熱じゃないか! は、早く病院に――」
シヨリくんの言葉を待つ前に、わたしは限界を迎えた。
わたしは目と口をいっぱいに開き、全身の穴から鋭い光を放つ。それは前兆。遂に訪れる破滅の印、抑えきれぬエネルギーの奔流。もはやそれに抗う術はなく、わたしは内から湧き上がる熱に全てを委ねる他無かった。
「ア、アカリぃー!!」
彼の姿は、その叫びと共に眩い光の中へ消えてゆく。
時は来た。来てしまったのだ。
わたしから解き放たれた計測不能なエネルギーの濁流は、一瞬にして地球の全てを包み込む。わたしの生まれ育った故郷、わたしを愛してくれた家族や友達、そして、わたしの大好きなシヨリくん。その全てを、わたしの熱が焦がし、溶かし、消し飛ばす。
ちゅどーん!
全ては一瞬の出来事だった。
わたしの立つ大地は深く抉れ、かつての故郷は全て等しく均された。そこに、一秒前の面影はない。
「だから言ったのに……わたしをドキドキさせたらダメだって」
シヨリくんが立っていた方を向く。さきほどまで感じていた胸の高鳴りは、どんよりとした暗い気持ちで塗り固められていた。
(了)
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