平田 ヘイデン
小鳥のヒナ飼えない?と友人から電話が来た。自分が住んでいるアパートはペット応相談なので、確認してから連絡するわ、と返した。
管理会社の営業時間を待ってから問い合わせると、小鳥は飼ってよいとの回答を貰うことができた。独り身も長くそろそろペットでも飼ってみようかと考えていたところだったので、早速友人に「飼える」と返事を送った。
その日の夜に綿毛を生やしたヒナに餌を与える親鳥の画像と、何羽欲しい?とメッセージが返ってきた。一羽貰うことにして、育て方や引き取りの日程を相談した。小鳥は文鳥という種類で、雌雄は成鳥にならないと分からないらしい。
だいたい一か月後、予定通り友人がヒナを届けに来た。友人は大事に抱えた小さなケージからヒナを出して、リビングに置かれたケージにそっと入れた。急に見知らぬ場所に入れられたヒナが怯えてケージの中でバタバタと暴れたので、落ち着かせるためにケージをタオルで覆って暗くした。
友人はしばらくうちで雑談した後、何かあったら相談してと言って帰って行った。その頃にはヒナも落ち着いたようで、時折鳴き声や物音が聞こえるだけになっていた。そっとタオルを捲ると、見知らぬ人間を目にしたヒナは体を縮めた。クチバシの基部に向かって黒から桜色のグラデーションが、柔らかそうな灰褐色の羽毛の塊からにょきりと生えている。可愛い。可愛いとしか言いようがない。
思考は可愛いに征服され、語彙は死んだ。
新しい環境に慣れてもらうためにケージから室内が見えるようにした状態で、この興奮が伝わらないようにその日はおヒナ様には構わないで過ごした。横目で様子を伺い過ぎたせいで目が痛い。
おヒナ様はカグヤ様と名付け、大事に大事に育てた。
掌に収まるサイズだったカグヤ様はすくすくと成長し、換毛が始まる頃にはケージの入り口を通れないくらい大きくなった。ケージを大型の鳥類用に買い替えた。甘えん坊に育ったカグヤ様だったが、換毛中はとても不機嫌で甘えてくれなくなり、寂しさに枕を濡らす日々が続いた。自分が落ち込んでいると、換毛中にも関わらず寄り添って慰めてくれた時には何に落ち込んでいたのか忘れるくらい嬉しかった。
灰褐色の羽根が少しずつ成鳥の羽根に生え代わり、体も順調に大きくなっていく。ケージが手狭になったので、寝室の家具をリビングに移動し、寝室をカグヤ様のお部屋にした。
二か月後、換毛が終わったカグヤ様は光り輝く青灰色の羽毛に桜色のクチバシが美しい成鳥になった。換毛期の頃の不機嫌さは羽根とともに抜けたようで、べったり甘えるようになった。腕に抱えるには大きすぎるサイズになっていたので、甘えるときは膝に乗り、クチバシを肩に乗せて密着するようになっていた。この体勢は足が痺れるが、自分の顔がカグヤ様の首辺りに埋もれるのである。香ばしい穀物のようないい香りとふわふわの羽毛が顔を包むのだ。天国はここにあった。全人類垂涎ものなのは間違いない。
カグヤ様は囀りも披露してくれるようになっていた。飛び跳ねながら得意げに囀ってくれるのは感激の極み。だがユーフォニアムのような低音がアパート中に響くので中古の一軒家を買って引っ越すことにした。
壁や床をぶち抜いて間取りがワンエルディーケーになった一軒家をカグヤ様はお気に召したようで、嬉し気に飛び回っている。羽ばたきの風圧で荷物が入った段ボールが転がった。
順風満帆に思えたカグヤ様との生活だが、新居に引っ越してからは少し困ったことになっている。新居が職場から往復四時間かかるのと、残業を増やしたので家にいる時間が短くなり、カグヤ様の機嫌が悪いのだ。
家に帰ると寂しさが限界を突破したカグヤ様が怒り狂ってキャルキャルと威嚇してくるので、話しかけながらそっと近付いてスキンシップを取って宥める。基本威嚇だけだが、近寄る時に失敗すると突っつかれたり噛まれたりして痣ができたり流血したりする。
仕事で疲れた体を引きずって家に帰ると、今日もカグヤ様がお怒りだった。低い姿勢で威嚇してくるカグヤ様と目を合わせる。
「遅くなってごめんね。今日も仕事疲れたよ。昼間は何してたの? ごはん食べた?」
喋りながらおもむろに近寄って、威嚇が止んだことを確認してからカグヤ様に抱き付く。この頃には、カグヤ様の目線は自分が直立した時と同じくらいになっていた。カグヤ様の成長が止まらなかったら、もっと大きな家に引っ越さないといけなくなる。給料をもっと増やさなきゃ。でも残業するとカグヤ様が怒るし。仕事疲れた。
何も考えたくなくなって羽毛に埋もれたままぼーっとする。
落ち込みを察したカグヤ様が囀り始めた。
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