スイカを焼く話

マサユキ・マサオ

私が十二歳になったある夏、父は仕事を辞めた。
父は言った。
「明日から、焼きスイカを売ることにしたんだ」
「そうなのよ、まきもお父さんの仕事を応援してあげなさい」
母が言った。
それから数日後、母もパートを辞め、父と共に焼きスイカを売り始めた。
学校裏の空き地に屋台を構え、焼きスイカと書かれた旗を掲げた。授業中、ふと気になって三階の廊下から空き地の方を見ると、モクモクと白い煙が上がっていた。
私の同級生の間でたちまち噂が広まった。あれはおまえの親じゃないのか、と何度も聞かれたが、違うと嘘をついた。
違うわ、そんなわけないじゃない。
あれが私の親だなんて。

一週間が経った。
焼きスイカは一つも売れなかった。
値段が高いんじゃないか。
やっぱりスイカより高い値段じゃ売れないわよ。
いやいや、スイカより安い値段で売ってどうするんだ。
焼きスイカの意味が無いじゃないか。何を考えているんだ。
そんな会話をする両親を見て、私は狂っていると思った。
狂った両親を見て、私まで狂ってしまいそうだった。

一ヶ月経っても焼きスイカは1つも売れなかった。
毎日とり憑かれたように鉄板でスイカを焼く両親の袖を掴み私は泣き続けた。
「待て、まき。もう少し工夫すればなんとかなるから!」
「そうよ、まき。お父さん、こんなに頑張ってるんだから!」
私はお願いだからもうスイカを焼かないで、と叫び泣き続けた。それでも父はスイカを焼くのをやめなかった。
「今ここでやめたら、一体いつスイカを焼くっていうんだ!」
「そうよ、まき。お父さんがせっかく必死になろうって頑張ってるんだから!」
私は毎日泣きながら願った。
早く冬になってください。
私の親をおかしくしたスイカを消してください。
世界中のどこを探しても、一つのスイカも見つからない世界にしてください。
そんな私の願いが通じたのか、秋になるとスーパーのどこを探してもスイカは見当たらなくなった。父もさすがに諦めたのか、ハローワークに通い新しい仕事に就いた。

母は相変わらず父がすることをすべて肯定して応援していた。
しばらくして我が家には、前と同じ平穏な日々が戻っていた。
しかし、私の中で何かが致命的に歪んでしまった。
私は、普通の人なら考えつかない様々なものに怯えながら生きるようになった。ことさら私は果実を嫌うようになった。
スイカは勿論のこと、メロン、ミカン、イチゴなどなど。
普通なら焼かない食べ物でも、父がおかしくなってしまう原因になりかねない。
私は父がコンロの火を点けるたび、宿題や漫画をめくる手を止めてその挙動を凝視する。
そしてフライパンの上に乗っているのが卵やソーセージだと気づいて、ほっと溜息をつくのだ。
父は今日もきちんと仕事に行っている。
母も新たなパートを探している。
しかし私だけが知っている。もう、私たち家族に真の平穏はやってこないのだ。いつか再び、悪い思いつきが父や母の脳裏をかすめた時、今度こそ私たち家族は今度こそ崩壊してしまうだろう。
中学、高校生と成長しても私の奥底からそういった不安が消えることは無かった。ただ私の望みは普通であること。息を殺し、今日も明日も何事も起きないことだけを願う。

《了》

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