山中隆司
行き先がわからないまま鉄道に乗ってどこかに向かっている。自分以外にもちらほらと見える乗客が手持ち無沙汰に外を眺めたり、飲み物を口にしたりしていた。外には植物一つない荒れ果てた土地が広がっている。明らかにここは日本ではない。
車掌が切符を拝見しますと声をかけてきたので切符を見せる。
「テフセレ行ですね。あそこはあと数十分ぐらいで着きますけど、奇岩と荒野が美しいだけで他に何もない、あんなところで降りるなんてもの好きな人ですね」
そう車掌に言われると、なぜこのような切符を手にしているか疑問に思った。単に覚えていないだけだろう。
「でしたら、テフセレの奇岩渓谷なんていいですよ。あそこに沈む夕陽を見るとちっぽけな悩みはどうでもよくなります」僕の困った表情を見ていった。
車掌が出ていってから外を見ると確かにどこまでも赤い荒野が広がっていた。
―――――――次は、テフセレ、テフセレに止まります。お出口は右側です。―――――――
そうアナウンスがあり、扉まで歩く際に男性と肩がぶつかる。男性は早口で文句を言っているみたいだが、まるで何を言っているか分からず、慌てて頭を下げ列車を降りる。
駅を出ると先程の車掌のいっていたとおりやはり何もなく、眼前に広がるのは雄大な平原であった。
ここにきた目的はない。そもそも気付いたらテフセレ行の列車に乗っていた。ここにきた目的が分からない以上なるようにするしかないので駅から道なりに歩く。 いくら歩いてもあるのは岩ばかりで木陰一つなかった。
暑い。
喉も乾いた。そういえば朝から何も飲んでいない。このまま歩き続ければ倒れてしまう可能性が高い。わけも分からないところで行き倒れるなんてまっぴらゴメンだと思ったとき、遠くに平屋建てが見える。助かった。あそこで水をもらおう。
近くまで行くと女性が箒で吹き溜まりに溜まった砂埃を掃いていたので、心の中でガッツポーズをした。
「すいませんが、僕に水を少しだけ恵んでいただけないでしょうか。今朝から何も飲んでいないので、喉カラカラで死にそうです」
だが目の前女性に警戒することも忘れなかった。彼女からすれば、僕は見知らぬ人間で盗賊かもしれないのだ。
この発言に一瞬驚いたような戸惑いがみられた。
「そんなことでよければ、大丈夫よ」
ニッコリと女性は笑う。その柔らかな顔に幾分こちらの警戒心も薄れた。
「それに多分だけれど、あなた今朝から何も食べてもいないでしょう。だったら軽食も作ってあげるから家においでよ」
と強引に家の中に連れて行かれる。外からみたとおりこの家は平屋にしてはかなり大きい。離れに小屋がいくつか見えるが、それもかなりの大きさあった。
「そういえば、あなたはどこからいらっしゃったのかしら。この荒野を徒歩で抜けるにはかなりの軽装ですけど」
僕の着ている浴衣を見て言うので、テフセレ駅から来たとこたえたる。
「あなた、テフセレ駅から歩いてきたの! あの駅は三日に一本しか列車はこないけど泊まるとこはあるのかしら?」
そんなこと言われても泊まるところなどあるわけがない。いきなり見知らぬ土地にいたのだから。
「あら、泊まるところもないのかしら。だったら家に泊まるといいわ。夫にきいてみるからここで待ってて」
そう言い残して、部屋から出ていく。部屋の中で一人になった。部屋の中を見渡してみる。壁には家族で撮ったと思われる写真が何枚も飾られていた。見るに先程の女性を母とした五人家族なのだろう。
しばらくして先程の女性に連れられてガタイがいい男性が入ってきた。
「キミが、メイムが拾ったという少年か。なかなかいい男だな。まあ俺には敵わないがな」
そういって男は豪快に笑う。
「そういえば名前を聞いてなかったな?」
「そう、ですね。私の名前はマツオ・ソウスケです」
「俺は、ケビン・クリストファー。このあたりで農園をやってる。そして隣にいるのが俺のワイフの」
「メイム・クリストファーです。ショ、ソ、ソウスケさんはどうしてこちらに」
ソウスケという名前が言いづらいのだろう。
「言いにくいのであれば、アンタとかでも構いませんよ。ここに来た理由ですか。それはさっぱりわからないです。気づいたらテフセレ行の列車に乗っていたんです」
うーん、とケビンさんは考え込んでいる。
十数秒、考え込んでから口を開いた。
「ただ、乗り間違えただけじゃないのか? テフセレ駅は東西と北に向かって線路が伸びているから乗る列車を間違えたじゃないのか」
「それは違います。これを見てください」ポケットにしまった切符を取り出す。
「アンタの切符は確かにテフセレ行だな。切符なら発券した駅が書いてあるだろう」
いきなり見知らぬ土地に来て動転して気づかなかったが確かにそうだ。テフセレ行の横に書かれている文字を探す。しかし、発券した駅を記載すべきところには何も書かれていない。
「こりゃあ、アンタがどこか来た分かんねぇな」ハハッとケビンが笑う。
「自分がどこから来たか分からないですけど、このあたりは奇岩渓谷が有名らしいのでそこに行ってみようと思います。それにここへ来て理由が分からない以上動かないと始まらないと思うんですよ」
「それには、俺たちも賛成だ」
ケビンさんはメイムさんを見る。メイムさんは何か言いたいことがあるような顔をしている。多分そんなことはないと考えているのだ。
「多分、自信はないですけど奇岩渓谷に行かなきゃならない気がするんです」
そういうと、しんとした気まずい空気があたりをつつみこんだ。まずいことを言ったか?
「そうだ。お茶にしない。アンタも喉乾いているんでしょう」
首を縦に降って同意を示す。メイムさんは部屋から出ていき、ケビンさんと二人きりになった。
「お前を見ていると、ケンカして出ていった弟を思い出すよ。今、どこで何をしてるんだろうな。出てったきり連絡も寄越さない」
暗に僕が家族に何も伝えず、驚くほど身軽な格好で旅をしていると思っているのだろう。多分、そうではない。しかし口から出た言葉は、そうかも知れないですねだった。
「アンタも、もし親と連絡する機会があったら連絡して安心させてやれよ」
「確かにそうします」これが本心だった。
「アイツも。俺たちの息子のニックもそうだったら良かったがな。もし、見かけたら連絡を寄越すようにいってくれないか」
そんなことをよそ者の自分に言われても困る。ああ、とかうん、とも聞こえる曖昧な返事を返す。
「アンタは、アイツのことを知らないもんな。変なことを言ってスマン。忘れてくれ」
ここでお茶を取りに行ったメイムさんが戻ってきた。お盆の上にはティーポットとサンドイッチがのせられていた。
サンドイッチを一口かじると口の中にパンに塗られたマスタードのピリッとした辛味とハムの塩味が口の中に広がる。続けて紅茶にも口をつける。乾いた喉にぬるい飲み物はありがたい。
飲み物をもらったらすぐに出発するつもりであったが出ようとしたときにはすでに夕方で、夜に荒野を歩くのは危ないとのことでその日はここに泊めてもらい、ここが自分が暮らしている国に帰るには一月以上かかることが判明した。それに帰るために必要なお金を貯めなくてはいけない。
翌朝、丁重にお礼を述べて奇岩渓谷に向けて歩き始める。夕方、奇岩渓谷につくとそこには自分とそっくりな人が夕陽に向かって倒れていた。
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