天野満
「このままやったらワシらは終わりや! どないかせな!」
左大臣が怒鳴った。顔に浮かび上がっている無数の血管が今にも破裂しそうだ。
「ちょっと、左さん大声を出されるな。お内裏さまたちの御前ですぞ」と、右大臣が左大臣をなだめる。
「よい。気にするな。左大臣の申しておることはもっともなのだ」
お内裏は内心を押し殺して言った。ほな、左大臣、具体的なアイデア出さんかいボケナス。お前、ひな壇に入るための面接で「私は御社に貢献したいと考えています」だのテンプレみたいなセリフほざいとったやんけ、その気持ちはどこ行ったんじゃ、アホンダラ。本当はそう言ってやりたかった。
「昔はもっとひな祭りに活気があった。それが今ではこの有様じゃ。どうして、どうしてこうなった」左大臣がワッと泣き出し、泣くなよカス、とお内裏は左大臣に対するいらだちをつのらせた。
――文化の西洋化、長引く不況がもたらした家計の圧迫、少子化。種々の事情によって、雛人形たちの存在は脅かされていた。今や雛人形を飾る家庭も随分と減少しており、このままではひな祭りの文化が消滅してしまうのでは、と雛人形の一同さ危惧していたのである。
「お内裏さま、僭越ながら進言させていただきたくございます。Youtubeチャンネルを開設いたしまししょう」
「なんと!」
お内裏が目を丸くした。
「貴様、どういうつもりか! 西洋にかぶれるとは正気を失ったのか!」
左大臣が右大臣に食って掛かる。
「逆転の発想にございます。文化を守ることに腐心するのではなく、時代の変化を取り込むのであります」
「ふざけるな! 我ら誇り高き日本の雛人形がそんな真似できるか!」
「ではアナタは、我らの滅亡を指を咥えて見ていろと申されるのか。私は嫌です。今こそ、ひな祭りを歴史を変えるときなのです」
ぐむう、と左大臣が言葉に窮した。
「良きにはからえ。右大臣」
「ありがたき幸せにございます」
お内裏の言葉に対し、右大臣は深々とこうべを垂れた。
Youtubeチャンネル開設から三ヶ月が経った。チャンネル登録者は一人、提携している五月人形チャンネルのみ。動画の視聴数は12回。コメント欄には海外からのスパムと怪しげなビジネスセミナーからの勧誘が並ぶばかりであった。
「そらみたことか、全然ダメじゃねえか」
何もしてないくせに偉そうにしている左大臣の頭を叩いてやりたい気持ちをグッと堪えて、お内裏は右大臣に尋ねる。
「右大臣、首尾がよくないようだが」
「承知しております。やはり動画が地味なのかと」
「えっ、マジ? 地味かな?」
お内裏は立場も忘れて、アホのように砕けた喋り方をした。右大臣がYoutubeチャンネル開設を提案したのち、度重なる会議を重ねて、満を辞して送り出した動画がウケないわけがないと思っていたからである。
「今掲載してるのが〈ひな祭りの文化と歴史〉〈ひな祭りの未来〉の二本ですが、誰も興味がないのではないかと思いまする。長いうえに、安っぽいスライドショーの垂れ流しのような具合でございますので」
「では派手な動画を作れと申すわけか。例えば、金色堂の如き絢爛な雛人形たちの紹介するなどしろ、と」
「いえ、派手なものがそこら中に転がっている現代においては、我らの想像する豪華さなど豪華さにあらず、はっきり申し上げれば地味です。もっと短く、見栄えのする動画を製作してみては」
「何か案があるのか」
「ぼんぼりを爆破する動画にございます」
「たわけたことを抜かすな!」
「私の調べによれば、Youtubeではメントスコーラなる動画が爆発的に流行っていたそうでございます。炭酸飲料に空気のたくさん入ったお菓子を入れることで、飲料が天高く吹き出すという大変シンプルな動画でありますが、短く見栄えのする動画のお手本にございます。ぼんぼりの爆破は我らのメントスコーラ。アホな小学生が歌って腹もよじれんばかりに笑っている、あの愚劣な替え歌の世界を顕現させるのであります」
「しかし、右大臣よ、ひな祭りのチャンネルであるからには、ひな祭りを広めるための動画を作らねばならぬのでないか」
「たしかに本分とはかけ離れてしまうかもしれませんが、まずは視聴者数を増やすが得策かと」お内裏からの素朴な疑問に右大臣を淀みなく答えた。
「ならぬならぬならぬ!」
「では左大臣殿はどうされるのがよろしいとお考えでしょうか?」言葉に窮した左大臣を見て、お内裏が右大臣にゴーサインを出した。
「右大臣、でかしたぞ。ぼんぼり爆破の動画、再生数、がうなぎのぼりではないか!」
「ありがたきお言葉。しかしながら、今回の功労者は左大臣殿にございまする」
右大臣は空席になっている左大臣の席を見つめながらいった。彼は右大臣の提案したぼんぼり爆破作戦を食い止めようとして、爆発に巻き込まれた。幸い命に別状はなかったものの、ボカンと一発ハゲ頭になってしまい、ショックで病欠していた。
「しかし、肝心のひな祭りの歴史などの動画の再生数は伸びておらんのう」
「まだ、視聴者の母数が足りていないのでございましょう。ご安心くださいませ。次の作戦はもう考えてあります」
右大臣の聡明さにお内裏は感激を隠せず、してそれは、と提案をせかした。
「次の動画では五人囃子に殺し合っていただきます」
「へ?」
絶句するお内裏。
「いやいやいや、右大臣さんよ、それはダメだしょ、でしょ、だしょしょ」
「お内裏テンパりすぎワロタ、と」
「ちょ、SNSに私の動画拡散しないでよ」
「こういうのがウケるんですって。あと左大臣のことを〈老害上司にパワハラされたからリベンジした話〉って動画も作ったんすけど、それもウケてますよ」
「チャンネル開設の本分からどんどん離れていってる気がするのだが」
「いやいや、物事の途中経過なんてそんなもんっすよ」
お内裏は右大臣の口調がだんだん砕けていくことに不安を感じていた。
「炎上してるじゃないか」
「五人囃子はみんな未成年なうえに、内容が暴力的すぎてYoutubeの規約に違反しまくってましたからね、でも、動画再生数、一千万回突破しましたよ」
「再生数伸びた、って、ダメだよ。チャンネル解説の本分はどこに行ったのよ」
「有名人ともなれば一回の炎上くらいよくある話ですって。チキったら負けっすよ?」
「もう放ってはおけぬ。右大臣よ、貴様をひな祭り広報担当より解任いたす」
「へえ、解任するんですか」
パンパン、と右大臣が手を叩くと、そこら中の物陰から物々しい連中が武器を片手に現れた。
「これは何事か!」
お内裏はあっけなく、右大臣の手下に拘束された。
「お内裏、このウドの大木野郎。てめえはひな壇から追放だ。そして、俺が新お内裏として新しいひな祭りの歴史をつくるのだ」
「愚か者が! 力に飲み込まれおって! ひな祭りの本分を忘れたか」
「力がなければ、何を言っても無駄だ。テメエも惨めな左大臣と同じ、惨めなハゲ頭になりやがれ」
右大臣が爆弾ぼんぼりに火をつけた。
「だ、誰か助けてえ!」
「待てい!」
お内裏の耳に聞き覚えのある声が届いた。左大臣の声だった。
「さ、左大臣! ?」
左大臣の風貌を見てお内裏は大層驚いた。左大臣は全身をギンギラギンのサイボーグに改造していたのである。
「左大臣などという名前は、ぼんぼりの爆風の中に捨ててきた! 今の私はひな祭り戦士オヒナマンだ!」
オヒナマンは右大臣の手下にヨコブエソード、ツツミキャノンなどの兵器を叩き込み、バタバタと倒していく。
「右大臣、貴様の野望は終わりだ! 私が正しいひな祭りを守ってみせる!」
「クソッ、覚えていろよ! オヒナマン!」
右大臣は捨て台詞を吐いて逃げ出そうとしたがそれは失敗に終わった。殺し合いで死んだはずの五人囃子たちがサイボーグとして復活、行手を塞いでいたのである。
「右大臣、この野郎! よくも!」
五人囃子たちにしばき回されて、右大臣はとうとう観念し、お縄についた。
一連のひな祭りをめぐる動乱はライブ配信として、世界中に配信されていたのである。
散々ネットを炎上させ反感を買っていた右大臣を失脚させたことにより、左大臣や五人囃子たちは一役ヒーローの座に登りつめた。
彼らのサイボーグ的な見た目が受けたのか、アニメ化や映画化の依頼が殺到、その影響により、ひな祭りは世界に知られる文化となった。
そしてーー。
お内裏は以前より、以前より豪奢になったひな壇に座りながら思った。
右大臣は確かにひな祭りの歴史を変えたのだ、と。
たしかに右大臣は最終的に悪人になったが、奴の功労無くしてひな祭りの文化は存続しえなかっただろう。ともすれば悪人になることも含めて全て右大臣の計算だったのではないか、とさえ思った。
「褒めてつかわす」
お内裏は一人つぶやいた。どこかからかすかに、ありがたき幸せ、と聞こえたような気がした。(終)
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