福原大輝
私は部屋でパソコンに向かっていた。時折もじゃもじゃに伸びきった黒髪を掻いては、目の前に落ちてきた前髪を眼鏡の上に持ち上げた。室内は暑かった。激しくキーボードにキーを打ち込むが、汗が噴き出すだけで、それが何の意味もなさないように感じ私は立ち上がった。風呂に入っていない。相変わらず頭髪を掻き続け、頭を冷やそうと部屋を歩き回ると、壁にかけられているボードに気づいた。花の写真が飾られている。これは確か十年前に友達と行った植物園での写真だ。一面に赤やピンクの花畑があって、その中央に四人が映っていた。あの頃は将来のことは何も考えていなかった。今が楽しくて仕方なかった。友達といろんな場所に出かけていた。十年前なのに、なぜ私はそのことを鮮明に覚えているのだろう。私の人生はあのときに終わってしまったのだろうか。このボードにもそのころの写真だけが飾られている。
強い日差しが差し込んでいる。私は窓の外を見た。その端には青空がのぞいていて、窓のほとんどは白い霧に包まれていた。その中に目を凝らすと巨大なビルがポツンポツンと浮かび上がる。それらは天を貫くかのようにそびえたっており、ビルというより塔に見える。そのビルのそれぞれが来る日も来る日も変わらずに上昇を続けていた。ビルの内部でどのようなことが行われているかは、私の知ったことでない。大工さんたちが中でせっせと働いているのかもしれないし、地中深くからすさまじい勢いで地盤が突き上げているのかもしれなかった。
かくいう私も、そのビルの中にいる彼らと全く同じように上昇を続けている。日々、彼らを追いかけたり追い抜いたりしていた。
見下ろせば、きっとそこには網目状に高速道路が張り巡らされた大都市があるはずだった。しかし、高く上り詰めたこの場所からは地面を見つけることはできない。そこには溶岩が迫っていた。熱を発することで周囲に霧が巻いている。
私がキーボードの手を止めると、このビルの上昇は止まってしまう。上昇が止まれば溶岩が私の足元まで迫り、私の身体を焼くだろう。だから休まず働き続けた。働き続けて生き残っているのは、数少ないビルの住人だけなのだろう。大都市の他の人々は亡くなってしまったのだろうか。
いくら手を止めずにいても溶岩は勢いを緩めることはなく、私を脅かし続けた。私は一生このままかもしれない。諦めそうになることもあるが、私は身体が溶岩に溶かされそうになるその感覚になる前に、デスクに戻る。生存本能が体を突き動かしていた。
ふと身体が熱くなった。窓の外を見ていたその間にも溶岩は迫ってきており、衣装ダンスが溶け始め、机の脚が焦げ始めた。周囲のものが溶かされ、白い湯気を上げる。心臓の鼓動が激しくなり、足元の皮膚が焼かれるのを感じた。
私はいつものことだと頭髪を掻いた。もうやめてしまおうか。そんな思いが頭をかすめる。こんなことにおびえながら生活するのはもうこれっきりだ。
背の高いテーブル全体が黒くなり燃え始めた。熱気はみぞおちくらいに迫っているのだろう。
南無三……。ふと見上げた瞳にボードが映った。
炎がボードに迫って、その端が焦げていく。花の写真が黒くなっていく……。
私は反射的にデスクに駆け出した。
もうすぐそこに溶岩が迫っている。休息もつかの間、私はデスクの椅子に飛び乗った。
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